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師匠と兄弟、そして家族の存在。
- 2019/06/12(Wed) 06:59 -


2019 06 12_1715 cinesco


師匠が逝ってしまった・・


Background Song
* Connie Talbot "Good To Me"
* Tones and I "Dance Monkey" ▸ Stripped Back ver.
* Olly Murs "Hand on Heart" Standard ver. ▸ .Radio Mix ver.
* Willa Amai "Scars"
* Billie Eilish "idontwannabeyouanymore" ▸ Radio 1's Big Weekend 2019
* Nickelback "Far Away"
* Deep Dark Robot "Speck"
* Imagine Dragons "Birds"
* Snow Patrol "Crack The Shutters" ▸ Reworked ver.



*この日記を書いたのは7月末ですが、國井さんが亡くなった今日の日付に前倒し変更した日記です。*


紗礼さん、
とーたんには尊敬の念を抱いてきた方たちの中に実質的な師匠の存在が数人います・・
そのお師匠さんの中で最後に付かせて頂いた國井さんという方の訃報が先日届きました・・
一番長い時間を歩かせて貰っただけにあまりに思い出が多過ぎる存在です・・
いや まだ信じられない・・
また仕事を一緒に出来ると思っていた・・・

國井さんとの出会いはとーたんがまだ20代に入ってまだ間もない頃に入っていた仕事からでした
当時は違うパートではありましたが、とーたんのパートと密接した部分もあり、よく声を掛けてくれた存在。
そんな國井さんも来られていた現場でのある日・・
血の繋がり以上、兄的存在であったとーたんの先輩が亡くなる事故が起きました・・。

救急車が来るまでの長い時間、その先輩の口からは血が溢れ出るばかり・・
呼吸数はどんどん減っていき、とーたんの膝の上で吐血しながら亡くなっていった・・。
(先輩には当時、双子のまだ年長さんの元気くんとひろみちゃんという名の息子さんと娘さんがいました・・)
その時にずっと傍に居て先輩の対処してくださり、そして病院での死亡確認・・
とーたんに死を伝え、泣き崩れたとーたんの体をしっかりと抱き支えてくれた存在・・
その人が後にとーたんにとって最後のお師匠となった國井さんでした・・。

その國井さんが天に召された・・・。

その事が切っ掛けでもあったかもしれません、とーたんは今までやってきたパートを続けながら、
後に國井さん率いるチーム一員としてもとーたんの身を預かってくださる事に許可を貰った・・。
日本のトップメンバーで構成されたチームだからこそ、初心を忘れることなく、そのメンバーである兄弟に助けられながら、
國井さんの現場にひっついて一からみっちりと勉強をさせてもらった。
とーたんと同じくアルファベットを読むのがやっとこさ程度の英語力でありながらも
ヨーロッパ、アメリカ資本現場からの依頼もこなすお師匠、有言実行派で自身を追い詰めてく・・。
そんなお師匠は先生と呼ばれる事を嫌い、
怠け者、自責の念を持たず他責する考え、無責任な行動や発言、順序・筋道を通さない逃げ隠れする人間は許さない人だった・・
一歩がちいさくても、スピードが遅くても、要領が悪くても 一歩一歩、ひとつひとつを大切に積み上げる人を大切にする人だった・・.。
思いだす事は数知れず・・ 現場で結構無理難題を求められたが、それは妥協を許さない仕事への意識、
そしてそれは確実にとーたんの挑戦精神を上げて下さった事ばかりだった・・。
とーたんがそれらをやってこれたのは、何かあった時には必ずフォローにまわってくれるという信頼と安心感があったからだと思う・・。
ひとつひとつの仕事への取り組み方、それらの現場では神そのもの存在であり、
それは周囲からも安心感と緊張感が共存するものだった・・。
プライベートでも仕事しか考えておらず、これまたハチャメチャな人だった・・
何故かとーたんはぶん殴られる機会は無かったが、周囲は大体ボコボコにされていた・・。
それでも人は集まって来る、そこには絶対的に筋道と道理を持ち合わせているからこそ・・。
風呂をめんどくさがるお師匠だったので、地方へ泊る時は風呂にお湯を為、良き所で声を掛け身の回りのお世話もさせて貰った。
そんな國井さんはよく泥酔し、負んぶして家の階段を上り布団に寝かした事、
國井さんの送り迎えをしていた頃はそのまま帰してくれず、メシだ酒だと腹に入れさせられ
結局そのまま泊らせて貰うこと(羽目に合う事)もしょっちゅうだった・・・。
朝の一発目の声が、やったぞーっ 寝坊だー! とふたりしてぼっさぼっさの頭で車を飛ばし現場入りした日もあった。。。
プライべートでは無茶苦茶、しかし現場では誰もが信頼する存在だった・・。
仲間内でも飲み屋でも筋道を通さない輩が居るとフルボッコするは、コップが割れたり物が飛ぶ光景は日常茶飯事、
ガラステーブルまで割れフロアーに血が飛び散ることも珍しくなかった。そんなとんでもない人だった・・。
そんな酔っぱらったお師匠を車に乗せ家まで送る間で寝ていると思えば突然
「とーたん ごめんなー いつも悪いなー ホントとーたんには頭があがらねーよ・・」 と・・
後部座席から聴こえるがそれは殆ど寝言な様なものだった。。。
そんな師匠に面と向かってジジイなんて呼んでいたのはとーたんぐらいだったかもしれない・・
かといってけっして緊張感を失くした訳じゃない・・
そんなお師匠さんの傍に居られる時間が好きだった、そんな國井さんを尊敬していた・・・。

國井さん、もう一度現場でご一緒したかったです・・
そしてまだまだこれからももっともっと喝を入れて欲しかったです。。。
それでも・・
余りに早い年齢ではあったけれど好き勝手なことやってそれをとことんやってのげて生きた人・・
歴史にしっかりと名を刻んだ人・・
まだまだ現場で暴れたかった筈ですが、とーたんからすればもう充分やり残したこともないだろう 大往生だろうと伝えたい・・。
そっちの世界で酒は飲めないけれど事故で亡くなったシロノさん、同じ現場にいた昨年逝った飲兵衛のハギさん、
そしてコダマ氏、ニシムラ氏、キシダ氏、クサノ氏、ユウサクさん、ニナガワさん、ハギワラさんらとも再会して大いに語り合って欲しい・・
そしてあっちで思いっきり呑んだくれ、好きなだけ大暴れして欲しい・・・。


國井さんの訃報で久し振りのメンバーの声に泪が溢れそうになった
そのメンバーの中で兄貴分的な存在の一人、修平さんにも公私共に世話になった人・・
ボロボロになったとーたんを直に目にした唯一のメンバーの存在・・
きみが連れ去られたばかりの時、家裁にも付いて来てくれた、ママの実家へ行った時にも駆けつけてくれた・・
ボロボロになり過ぎて自主入院した時も飛んで来てくれた、ボロボロになったとーたんを何とかしようとしてくれた・・
そしてそんなとーたんが、年越しで未遂をした時にも病院へ駆けつけてくれた・・
理解は出来なくてもなんとかとーたんを救おうとしてくれた・・
仕事切っ掛けで出逢ったけれど血の繋がった実の家族以上の絆を心身で感じる仲間たち・・。
(もちろん、仕事絡みではない感謝で一杯の友の存在もある。)
とーたんは本当に心底から出逢った人たちに恵まれていると思う・・・・。


紗礼さん、そして晴紀、
きみたちも周囲に救われて今を生きている事を受けて、
周囲・仲間、そして家族を救える(救おうとする努力)人間、感謝の念を持ち続けられる人間になってください
そうなってくれれば とーたんは嬉しい。。。

*この日記を書いたのは7月ですが、國井さんが亡くなった今日の日付に前倒し変更、更新した日記です。*
(画像は今朝のものです。)



Tag # #水溜り #仲間 #家族
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