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風が流す昼下がりの刻み・・ ~ふえないアルバム~
- 2019/08/16(Fri) 12:56 -


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洗濯日和となった午前、ハル兄と洗濯
厚手のジーンズが30分もしない内にカラッカラに乾いた・・
洗濯物を取りこんでスクーターの火をいれる。
ガールズ チームはのんびり湖畔でくつろぎ・・
ボーイズ チームは朱鞠内湖畔の廃線跡深名線跡を辿る・・。


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Lake Syumarinai, August 16, 2002, 11:24

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Lake Syumarinai, August 16, 2002, 11:25

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Lake Syumarinai, August 16, 2002, 8:24

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Sta. Shirakaba, August 16, 2002, 13:24

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Sta. Shirakaba, August 16, 2002, 13:22

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母子里クリスタルパークAugust 16, 2002, 13:36


(北海道 家族旅行 8月16日 2002 ルート、Google MAP)
* 道道(林道)528号にもストリートビューカメラが入っていない様で航空写真でしか見れません。。。
* そして今回改めて航空写真で気が付いたのですが道道(林道)528号よりも内側にもう一つ道があった様です。



朱鞠内駅 1997
1997年にとーたんがひとりで行った時の廃線後の朱鞠内駅舎とホーム


Background Song
* Tim McGraw "Thought About You"
* Trace Adkins "Just Fishin' "
* Florida Georgia Line "Blessings"
* Backstreet Boys "No Place"
* Loudon Wainwright III "Daughter"
* Michael Franti & Spearhead "Good to Be Alive Today" (Acoustic Remix) ver. ▸ Standard, Album ver.
* Kid Rock "Johnny Cash" ▸ Toyota Concert Series on TODAY ver.
* Brad Paisley "Southern Comfort Zone" ▸ Acoustic ver.(Deluxe edition Album audio) ▸ Album ver.
* Darius Rucker "For The First Time"
* Luke Bryan "Huntin', Fishin' And Lovin' Every Day"
* The Reklaws "Old Country Soul"


洗濯日和となったハル兄との午前の洗濯
厚手のジーンズが30分もしない内にカラッカラに乾く・・
洗濯物を取りこんでスクーターの火をいれる。
ガールズ チームはのんびり湖畔でくつろいで貰い
ボーイズ チームは朱鞠内湖畔の廃線跡「深名線(雨龍線/幌加内線/深名線)」を辿る・・。
湖畔駅と北母子里駅間に3駅が存在していたと聞きます・・
その3駅の内、2駅は朱鞠内湖を取り囲む森の中に存在する。

割れ裂けた林道をスクータの腹を当てながら途中朱鞠内湖が木々に見え隠れしながら途中宇津内湖に変わっている時もある。
そしてその先で辿り着く事が出来る駅跡地。
蕗ノ台駅は高く伸びたクマザサの中に埋もれてしまっていると思う・・、この年、2002年はあまりにクマザサが高く伸びて(クマザサってこんなに高く伸びるのってぐらい伸びていた)建物があるかどうかの確認すら出来なかった。。。
(96年か97年だったか、とーたんが独りキャンプツーリングで来た時はクマザサに埋もれながらも小さな掘っ立て小屋の様な駅舎らしき建物が林道から確認出来た。クマザサをかき分けながらも何とか建物中にも入れた・・。しかし中は駅舎ぽくなかったけれど いかにも鉄道マニアが愛を込めたメッセージを残していた。それは "銀河鉄道、何年何月何日 この駅になんやらかんやらと・・" 手書きでありながらも立派なポスターが貼られていた・・。

林道から一旦奇麗に舗装された道道に出て暫くワインディングを走ると右手に開けた土地に入れる入口がある・・
そこは白樺駅、とても広い駅前の敷地・・
クマザサに埋もれたホームを歩くことも出来る・・。
勿論、人っ子ひとりいない一見マカロニ・ウェスタンの映画に出てくる荒野にも見える原野と化した駅前広場跡、
そしてホームに向かって右手に冷蔵庫がポツンとある・・
その中にはこの駅舎跡を辿った人たちの旅ノートが入っています・・
(残念ながら とーたんもハル兄も筆記用具を持っておらず書き残していません。。。)

人間が入り込む必要がなかった何もない土地・・
そこにダム建設が入り込む・・。その為の鉄軌工事も入る・・。
現場にはタコ部屋(監獄部屋)に詰め込まれた強制労働者
朝鮮人も日本人と同じ拘禁環境で労働していたらしい。
しかしほんの少し前まではけして珍しくない労働環境・・
政府が調子のよい言葉を並べ誇張した派手なアピールをしだしたら大体同じ事が現代も起こっている・・、
強制労働でなくても、労働環境は近いものがあったに違いない。
(昭和の海外移住事業「国外のオアシスへ移住しよう」も農家として現地に付いてみれば荒地、森を一本一本ノコで伐採し岩や石を手作業でどかし、やっと土地を耕す事が出来ても実はその地の土成分や気候では農作物は出来ないという地元民は誰でも知っていた土地だったりもしたという。日本での全てを捨てて投げ打ってやってきた日本に帰る場所、帰る手段がない移民を政府は責任は持たない・・)
(現在、急ピッチ且つ強引に進められているオリンピック事業や建設現場でも同じ様な事が起きているが、これについてはまた触れる機会があればそこで・・。)
いや、言ってしまえば蝦夷地時代から北海道へ本格的な北海道開拓からすでにはじまっていたタコ部屋労働・・
日本各地(極寒地を知らない内地人)から集められた労働者、斡旋屋・中立ち屋(今でいう人材派遣業)に騙された同然で連れて来られた内地からの土工夫、囚人たち、そしてアジアからは朝鮮人が道を伸ばしながら多くの命が絶え、その場に埋められ置き去りにされてきた・・。
過酷労働に加えこの地は日本最寒記録の記録も持つ地、多くの方が亡くなった(犠牲となった)事実は当時の現場を知らない多くの人にも理解出来る・・。
ここ朱鞠内湖にも朱鞠内湖が見渡せる高台に慰霊碑があり、また帰る場所がない位牌は近くのちいさなお寺(兼資料館)に保管されている・・。
(北海道の峠道を走っているといたるところの道路脇(囚人道路)には慰霊碑が点在します・・。)
また この家族旅行当時もまだご遺骨が上がってきているとのお話でしたが、ダム建設当時の工夫なのか完成以降のご遺骨なのかは解らないそうです・・。

そんな時の流れの中に先だって材木運搬の鉄軌が敷かれ小さな停車場が出来、駅前にはちいさな個人商店も存在したらしい・・
そんなちいさな店には官(宿)所には泊れなかったダム関係者や農林関連者などといった連泊客もいたらしい。
商店に住み込んでいた人もいたのかもしれない・・。
ダム地から下ったダムの麓、土地周辺にも集落が出来た。
そう 資材材木運搬目的の湖畔に伸びた貨物線路は貨旅客線となり駅も一般駅となった。
しかし、ダムの脇を通る駅周辺には一体最盛期、どれぐらいの世帯が暮らしたかは正確には数字は解らない様である・・
(朱鞠内湖に関してのネット情報は ただの無責任なコピペ拡散情報ではなさそうな各自独自で相当実際現地に行って調べあげるといった相当マニアックな方や研究者、団体(ワークショップ)が複数名いらっしゃる様なので興味があったら色んなキーワードでググってみてください。)
記録写真ではホームに学生服を着た子どもたちの姿も確認出来る・・。
廃線跡とはいえ、集落・民家があったなら相当な時代の流れがあっても人が暮らした形跡は感じられるものだが
この朱鞠内湖畔西側には大きな駅前跡地は確認できても周辺に集落跡地は確認できない・・
もしかしたらこの駅前の広い敷地、原野化したこの場所に集落があったのかもしれない・・。

無人乗降場は駅へと格上げされ、そしてまた無人駅となりそして冬眠する駅(臨時駅)、通過駅(実質廃止駅)、全線廃線となる・・
ダム建設期間の中でも工事のピーク時とされる僅か6年の間に工事関係者とは別に多くの人も移り住み、そしてダム建設が終わると廃駅が増えてきた・・
そして今はレールを外され駅舎もない・・
クマザサに埋もれたホーム、そしてクマザサに埋もれたレール跡を足で探っていけばその時代を見つけられる・・
駅舎跡、鉄軌が敷かれていた跡にはとーたんが見る限り必ずと言ってクマザサが生い茂っている。

朱鞠内湖は雨竜ダムであり、人造湖である・。
その姿は人造湖でありながら天然の湖の様な姿である・・。
そしてその美しい湖に耳さえ傾ければ自然の厳しさや厳しい歴史をも感じさせてくれる湖であり地・・。
2005年、とーたんはこの地の湖畔、家族で張ったテントサイトに再びテントを張った・・
そしてまた改めてこの鉄軌跡を辿った・・・。
(廃駅跡地でテントを張り夜を明かす度胸まではありません。。。)

とーたんはキャンプが趣味ではありません・・
釣りが趣味でもありません・・
鉄道マニアでもなく、廃線跡巡りをする趣味も持っている訳ではありません・・。
ただ・・ とーたんは日常生活の中で改めて生活の歴史・ルーツを自分の足で自分の体感で感じたいと思える事が滅多になく・・
こういった過疎化した集落やもはや一世帯も存在しない集落跡地にたまたま立ち寄った時を切っ掛けにフトどんな町・集落だったんだろう・・
どんな人たちがどういった経緯でこの土地に暮らしだし、そしてどんな気持ちで後にしたんだろうと・・
残された人も居る筈、残った人も居る(た)筈・・
そんな時に当然や当たり前ではなく、理解が出来ないという不思議さでもなく、疑問が生まれてしまう・・
ルーツを何処まで辿るか辿れるかはその時、その時代によって状況は変わるでしょう・・。
当時の直文書が残っている時もあれば、実際に当時を体験された方から当時のお話しを直にお話を伺える事もある・・
外部者が何らかの手法や設定を決めた上での口伝をまとめた文書しかない時もあります・・。

とーたんには紗礼さんやハル兄のご飯類をどうすべきか悩んていた時期もありました・・
それはふたりのルーツです・・
ふたりが誕生する以前のルーツには文化があり、身近に挙げれば食文化だってあります・・
ふたりの細胞には誕生以前のずっと昔の祖先からの生活風習や食文化だってあります・・
それはハル兄の細胞にはママとパパさんのルーツの中に含まれる食文化・風習があり、
紗礼さんの細胞にはママととーたんのルーツがあります・・。
どんな事にも何事にも根源があります・・。
とーたんはそれを大切にしていきたいと思っていました・・。

少ない情報(文書)だけに頼るのではなく、実際にその空間に立つ、歩いてみる、座ってみる、振り返ってみる・・
そして 耳を澄ましてみる・・・・。
とーたんは白樺駅では一番感じやすかったかもしれないです・・
(というか蕗ノ台駅でもしヒグマと出会ったら時すでに遅しで逃げようがなく、怖くて長居出来ない。。。)

クマザサを揺らし原野となった駅前広場跡地に抜ける風のオトの中に当時の汽車から噴き出すブラスト音・・
数人の乗降客の足オト・・、商店の扉のオト・・、そして子どもたち そんな空間が感じられます・・。
感じられる時代でいいと思うんです・・
受け取れる時間でいいと思うんです・・
外部の人がまとめた文書や人伝が絶対や全てではなくて、観点は一方向ではなく・・
自分の経験・体験や知識なんてごく一部である事を理解していれば 定付けして偏った妄想することもなく、自分にとって不都合な事柄も自然にカラダの中へと感じられこれは大切な事だと思います・・。

2002年8月16日 「深名線(雨龍線/幌加内線/深名線)」を辿る・・。
宇津内駅/仮乗降場 (とても重要な位置づけだった駅だったらしいのですが、ハル兄と2人掛りでも場所は見つけられませんでした。)
そして木々に覆われた林道が開け直角に左折する場所が目印となる蕗ノ台駅、そして林道から完全に出ての白樺駅、この3駅。

キャンプ場に戻る最中、母子里クリスタルパークへ立ち寄り、そして最後に慰霊碑が立つ朱鞠内湖展望台、紗礼さんとママが待つ(待っている筈の)キャンプ地へ戻ったハル兄とのボーイズ チーム朱鞠内湖畔一周をした日でもありました。

他、家族で行った2002年、そしてとーたん独りで行った2005年にもまだ現存していた筈の深名線の陸橋や湖畔駅のホームが撤去されているのがストリートビューで確認できました。
加えて展望台に設置されていた鉄製の展望塔も今年2019年に撤去されていた事が口コミ情報で出てきました。



Tag #北海道 #朱鞠内湖 #白樺駅 # #廃線 #時代 #政府 #国家事業
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